体臭..

かなり強い雨が降っている。避難勧告...までは行かないにしろ、といってナントカ注意報という生半可なレベルでもない。局地的に..なのかも知れないが、雨粒の直径自体、粘度やら比重自体が通常とは異なるのではないかというレベル。薄い屋根の下にいなくても、落ちてきては何かしらと衝突する重低音というのが、鼓膜、だけでなく、躰の節々を揺さぶっているよう。重い雨。にしても、空は明るい。雲は薄いのか、厚い雲を突く抜けてくるほど雲の上の日差しは強いのか。なにしろ梅雨が終わり夏が終わる雰囲気が漂っている。

突然降り始めた雨。降り始めて15分くらいだろうか。気を抜いて傘を持たずに出かけ、視覚より早く音にたじろぐ、急な降りめに呆然と立ち尽くすこと5分。やや緩まってきた雨脚の下、ようやく定まった覚悟をいただき、おおよそ1分間走って帰ってきた。そして今では相当小降りになっている。このようすだと夕刻には晴れ間が見えるかも知れない。気のせいだろうか、ちょっと小降りになると、その端から路面が渇き始めているようだ。おそらく空が明るいせいだろう。ガラスを隔てて、さまざまな情報がシャットダウンされている状況では、視覚がほぼ唯一の、受け手方の構成要素になる。だからだろうか、景色が明るいが故に、ずぶ濡れでも悪い気がしない。

ちなみに、先ほど、降り始めるまでは、暫く雨など降っていなかった。昨夜も昼昼に照らされ、夜な夜な蓄えられた熱波にうなされながら過ごした。雨は濡れるが、気温も湿気が不快に感じられる分岐点より下がる。しかも、濡れても意外と早く渇く。まわりの気温とかではなく、躰自体が熱を帯びているから、な気がする。まさか、ほぼ水で出来ている、人体が熱の媒体になっているとは思えないのだが、暑いとやたら喰いまくり、そして暑いので基礎代謝も減り、カロリーがじゃぶじゃぶ余っているのかも知れない。が、その渇かしかたというのは、ちょっとイヤな臭いを発する。

たまらずシーブリーズアクアマリンを塗布するが、なんだか梅雨とのは、フレグランスも湿気に巻かれて効果が薄い気がする。そういえば雨と香水、フレグランスについて最近思いついたことがある。それは香水とは汗の臭いを隠すタメではなく、汗をかかない世界の人々が汗的(生物的というか生殖的なというか...)なフレグランスをフェイキングするため発明されたのでは...という発想。基礎代謝のマスキングではなく、それが欠如している人々にソレっぽいフレグランスを漂わせること。もしくは、人が匂い立たせる香りというのは本来心地良いものであるが、人は荒れた食生活やふざけた生活をしているので、体臭の元素の配合がやや不協和音的になり不快にかんぜられるようになる。香水というのはそんな人々の元々の元素に足りないものを加え、心地良いものに仕上げる、サプリメント的なものでは....と思いあたった。おそらく雨季の熱帯でいい匂いを嗅いできたお陰だろう。旅してみるものだ。

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