福島新撰組の屯所だった天寧寺!蘆名氏時代に開かれた曹洞宗の寺院で近藤勇のお墓を参拝する!

会津にある歴史的テーマパーク会津武家屋敷を散策した後、音連れたのは新撰組近藤勇土方歳三のお墓がある天寧寺へ。

天寧寺は応永28年1422、会津にきた傑堂禅師が11代芦名盛信の建立により創立したお寺です。

この先に近藤勇之墓があります。

私は近藤勇というと龍馬伝原田泰造を思い浮かべてしまいます。。。

結構鬱蒼とした道を進んで行きます。

標識がないともはやどこを進んでいいか分かりません。

本当にこの先にお墓があるのかな不安になってきました。

おすすめの見どころ近藤勇の墓付近からの鶴城がありましたので、見物します。

鶴城見えないじゃん(lll)

近藤勇のお墓はもうすぐです

着きました。近藤勇のお墓です。

近藤勇とは言わずと知れた新撰組の局長です。龍馬伝近藤勇役であった原田泰造を思い浮かべる方も多いと思います。鳥羽伏見の戦い以来新撰組の状況はがらりと一遍しました。

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近藤勇時世の句です。

孤軍援たすけ絶えて俘囚となり。

君恩を顧念して涙更また流る。一片の丹衷たんちゅうよく節に殉じ、雎陽すいようは千古これわが儔ともがら。

他に靡なびきて今日また何をか言はむ。

義を取り生を捨つるはわが尊ぶところ。

快く受く電光三尺の剣ただまさに一死をもって君恩に報いむ。

孤軍援たすけ絶えて俘囚となり。援軍もなく、当時の近藤が孤立感孤独感を深めていたことが時世の句からも分かります。

君恩を顧念して涙更流る。多摩の農家出身の一青年である近藤が準閣僚たる若年寄まで出世させていただいた。幕府からの恩寵を思うと涙がこぼれ止まらない。君恩を松平容保公のことを指しているかと想像が付きます。

一片の丹衷よく節に殉じ雎陽すいようは千古これわが儔ともがら。忠節に殉じ身を捧げて雎陽を永年の友としようではないか。雎陽とは、唐の安禄山が乱を起こした時に雎陽城を守って賊軍である安禄山と戦った張巡の事を指しており、内の食料が尽きてしまったので愛妾を殺してその肉を将兵に与えて奮闘したものの万骨枯れて落城し絶命したところから雎陽は忠臣の亀鑑と呼ばれています。

他に靡きて今日またなにをか言はむ

義を取り生を捨つるはわが尊ぶところ

快く受く電光三尺の剣

ただまさに一死をもつて君恩に報いむ

近藤は自分は義に殉じて死ぬのだから、今さら何も言うことはない、むしろ義に殉じて死ぬことは自分の本懐であると言っています。

容保の義に死すとも不義に生きずのような志だったことがこの句からも読み取れます。

会津士魂は素晴らしい!

如何でしょうか。新選組局長近藤勇のお墓は、日本にいくつも存在していますが、そのうちのひとつが、会津若松市にある天寧寺にあります。天寧寺へ訪れ、激戦だったと言われている会津戦争を振り返り会津魂を持って帰っては如何でしょうか。

お次は福島のシンボルで日本で4番目に広い猪苗代湖磐梯山の雄姿をくっきりと映す湖面にうっとり!をお届けするのでお楽しみに!

writtenbyたみとたー